勉強会が終ってロビーでついつい長話しちゃいます。
女性がこの長話が止まらない。
残ったみなさんでパチリ↑
こんにちは。母性型実践マネージャー吉本委子です。
2015年3月25日母性型勉強会でした
2015.03.28
自分が「私、こうしたいんだけど」って欲求を思わず口に出しちゃうと相手の「いやいや私はこうよ」って欲求とドッカンぶつかります。ぶつかるといい人ではいられない。 ぶつかった瞬間お互いカチンとくるかもしれない場の空気が一瞬氷りつくかもしれない遠慮しあっている関係だと本当は「こうなんだーー!!」って泣きたいほど叫びたいことでも「うん、大丈夫」って平気な顔して言ってしまうんです。 全然大丈夫じゃない顔して「うん、大丈夫」って言ってると人間、ほんとにおかしくなっちゃうんです。 いい人ほど、気を病んでしまうのはきっと、大丈夫じゃないのに、大丈夫って言ってしまうその癖です。 なんだかんだ言っても長年うまくやってる夫婦や恋人は、ガス抜きが上手です。 あったまくるわーーー許せないわーーと夜中まで大喧嘩してもその後は、妙にすっきり。言うだけ言ったら「・・・なんか、言い過ぎたかも」って思ってしまいます。 自分の欲求を口にだし相手の欲求も口に出しどっかんぶつかるとその次は、自分も相手もお互いにとっていい方向を2人で探せる余裕ができます。みんなにとって「いい人」はそのうち「どうでもいい人」になります。
もんもんと遠慮しているのが一番しんどいんです。 今は、遠慮の時代です。遠慮の先に恋が生まれることはなく、遠慮の先に長く付き合える友情もないんです。みなさんも周りにもいませんか?自分のいいたいこと口にしてびっくりするほど上から目線のもの言いで(--:)でも、コミュニケーションがとっても上手。誰にでもなつっこくガンガンひっついていける人。これは生まれもったものではなく、訓練のたまもの、です。 押したり引いたりぶつかってみたりしてみた体験からちょうどいいころあいを自分で体得しちゃったんです。 押してもないのにぶつかってもないのに引いちゃってばかりでは誰とも出会えない。 物理的に出会っていたとしても関わっていないので誰とも出会ってないのと同じなんです。 ニノミヤさんの話を聴いてると「出会いたい。もっと出会いたい。出会っている人とも、もっともっと出会いたい」という欲求にかられ、なんだか体が熱くなっちゃいました。どうやら、同じように感じた人がたくさんいました。人の悩みはほぼ、人間関係です。普段会ってる人との衝突や「許せないあの人」「自分とは合わない」「会うとイライラする」「こんなひどいこと言われた」職場や学校や子の親なら親同士の関係いつも一緒にいる友達コミュニティの仲間 どっぷりその中につかるとその世界が、自分の人間関係のすべてだと思い込んでしまいがち、です。 いろんな人が生きてるんです。すべての人に自分が好かれるわけなどないんです。話をしたこともないのに、私のことを嫌いだと思う人だっているんです。印象だけで憶測だけで人を嫌いになったりあの人はきっとこんな人と決め付けていることだってあるんです。 ひとつの集合体で自分がはじかれたとしたってお先真っ暗になる必要などどこにもないんです。そこがダメだってもあそこならOKなことはいくらでもあるんです。
はじかれたがチャンスくやしいことが起こったら腹が立つことが起こったらそれをバネに今までその集合体にいた時間を使って本を読むなり勉強会に行くなり自分の中身を磨きに磨きあげちゃおう考えをシフトすればいいんです。 人がひきつけられるのはたった一人で自分を磨いてる人、です。 「みんな一緒じゃないといけない」「あの人が行くなら私もする」では、ダメなんです。 主語はいつも「私が」です。あの人がするから、私も ではダメなんです。 お手つないでにらめっこの関係は一見仲よさそうで心ののなかは皆、不安でいっぱいです。不安で不安定だから遠慮しあいます。絶妙な遠慮の空気を読みあって言葉を交わしあいます。 不安な人は不安な人とくっつきあうんです。 しかし、不安はしんどいんです。苦しいんです。 自分自身の不安を消し去るには自分の世界に没頭するのが一番 大人の世界でも子供の世界でも人の輪からはずれそうになると不安になって心細くなるのはみな、同じです。 でも、そこをぐっとふんばって「一人でもいいや」むしろ「一人がいいや」 って腹をくくって黙々と動きだすと自分の周りは変化するんです。 一人で何かやってる人のところに人は引き寄せられてくるんです。 小学校の頃となにひとつ変わってません。 一緒にお弁当食べる友達がいないと不安になり一緒に帰る友達がいないとさみしくなり共通の話題で盛り上がれないと阻害された気持ちになる 子供も大人も同じです。 自分が快適な考え方にどんどん変えていってもいんです。 人は成長したい生き物です。私も、成長したい。成長してるなって感じてる過程の時快感。心が躍動してるなって今まさに感じてる時には力がどんどんわいてくるんです。 力が湧いてきてる時は仕事してても疲れないし人にたくさん会っても消耗しないんです。 「他人が自分をどう思ってるか」 という意識は多かれ少なかれ誰にでも、あります。 問題はその割合です。そこに捉われすぎるともう身動き取れません。 口に出すことも思ったことの100分の1も言えない行動も縮こまっちゃう誰かにほめられても素直に「ありがとう」って喜べず「いやいや、私なんて」って言っちゃう 自分を苦しくするのはいつだって自分です。 もっといえば、自分の考え方です。考え方の癖です。 靴を揃える癖がない人が靴を揃える癖を無意識レベルでできるまでにするには少しの時間がいりますし、「靴、そろえなさいよ」と指摘してくれる人が必要かもしれない。靴を揃える場所にシールを張っておくことも効果的。 でも、一番新しい癖が身につくのは「もはやあたりまえのこととして靴をそろえている人」 をよく見ておくこと、です。 すごいな素敵だなと思う人がいたら、そのままくっついておくと私はいとも簡単にすぐにコピーされます。すごいな、素敵だなって思ってるので余計に、そうなります。 今の自分を変えたいなって思った時は言葉を変えるのが一番です。 言葉は、その人が一番最初に発する無意識のものです。何気なく話した言葉をずっと聴いているとその人のことは、わかります。 ということは、自分もまた何気なく話している言葉を聴かれているそして見られてる。 人との関係で苦しくなっていく人は何気なく発する言葉を変えていけばいいんです。 言葉を変えるのは「そんなの簡単よ」と思うかもしれませんがやってみるとなかなか修正が難しいのです。 なにせ、何十年もその言葉を話す習慣が身についてしまっているのでなくすのは大変。 人はその人が思い込んだとおりの人間になりますので周囲がどんなに「あなた素敵よ」「すごいわね」って言ったとしても本人がそう思いこんでいなければ「まだまだ、私なんて」「えーー、私はダメなんです」って思わず口にしちゃうんです。 自分が発した言葉を一番聴いているのは自分自身です。 自分がそうだと思い込んでいると まもなく周囲もそう思うようになるのです。 まずは自分です。自分を「私なんてたいしたことない」って心底思ってると一番近くにいる人からそれを信じるようになります。近い存在(夫や彼氏や友達)から軽く扱われる 尊重してもらえない一番の理由は、自分がまず自分のことをそう信じてしまったから、です。 のびのびできてない自分縮こまっている自分そんな自分の時間が長く続けば続くほど自分で自分の自信を奪うのです。 そんな時間はとっとと取り戻したほうがいいのです。女性は、そうなりがちですがその方向を続けていいことなんてひとつもありません。ひがみっぽい人生になるのはまっぴらごめんです。 他人は夫でも妻でも子供でもオヤでも変わりません。 他人を変えようとするとドツボにはまるのです。 苦しくなるのです。 どんなに近い関係の人でも変えようとしないこと、です。人が変わるのは、自分で変えようと思った時だけ、です。 だから、そんなことに自分のエネルギーを1%でも注ぐのはもったいない。そんなエネルギーあるならパックのひとつでもしてきれいになった方がよほど建設的。 その代わり、自分だけはどんどん変化させることができるのです。投資するなら自分自身に。 奪われることがないものは自分の中身に構築できることと健康だけ、です。もちろん、お口の健康は最重要事項です。 自分の外側に附属しているものは時代や政治や環境や価値観の変化によりどんどん奪われます。 吉本歯科医院では患者さんのお口の状態を3ケ月、半年、一年、一年半、2年、・・・10年と経過を追うために口腔内写真を撮影します。大掛かりな治療をされる患者さんはお顔の写真、全身のお写真も撮影します。 そうやってリアルに経過をみていくと1年後、2年後も、3年後も、10年後も同じ状態ということはないんです。 今の状態を維持し続けることだけでもものすごい努力が必要なのです。 必死で努力するから一年後でも、変わらないように見えているのであって何もせずに放置しておいたら現状維持どころか、状態は悪化する一途を辿ります。 私たちはどなたさまも死ぬという最終ゴール(とりあえず)に向って歩いています。 このゴールは伸ばすことはできますが避けては通れません。どなたさまも、必ず到達するのです。 その時までは放置しておくと何もせずに止まっているとただひたすら退化していくのです。 ゴールがいつかは分りませんがその瞬間まで「ようし、止まらないぞ、走りきるぞ」って決めておくんです。 おじいちゃんおばあちゃんになったら体も動かなくなるだろうしみじめな老後だろうしって自分でそう思ってたらまもなく本当にそんな現実が待ってます。 思った通りに、なるんです。いいことだけじゃなく、悪いことは特に! そのためには肉体のメインテナンスも必要ですしもちろん歯も大事です。 「ま、どうでもいいや、めんどくさい」と思った時点で自分の時間はピタリと止まるのです。 めんどくさがりは人間みな同じです。でも、「めんどくさ」って言ってしまった時点でもう、なにもかもが本当にめんどくさく感じてしまうんです。 ひとつのことにめんどくさいと思い出すと人と会うのもめんどくさくなるし勉強することだってめんどくさい仕事だってめんどくさくなるのです。 めんどくさいは頭の癖、です。 みんながめんどくさいって思って大変だろうなって思うようなことを楽々やってる人っています。そういう人は頭の中に「めんどくさい」って思考がないんです。 そんな頭を作っていくのも自分のコツコツした作業です。 今回の勉強会。勉強会終了後なんと2時間ちかくロビーでおしゃべりしちゃってました。 みんな話をしたいのです。感じたことを話したい。自分のことを話したい。 それは欲求です。誰しも、自分のことを話したいのです。 話すには聴き手が必要です。 今回は、ニノミヤさんのお話を「聴く」というひとつの訓練でもありました。 話をするよりも人の話を上手に聴ける、聞きだせることの方がより、「めんどくさい」行為です。 人に好かれようと思ったら上手な聴き手になること、です。 人は、誰しも自分のことを話したくて話したくてしょうがない存在です。質問してくれる人のことをどんどん好きになります。逆に、一方的に自分の話ばかりをする人からはいつしか足が遠のきます。 へえ、そう、わあ、まあ、それで、どうなった?それからそれから?あらーーーっ これだけでも3時間は話を聴けます。むしろ、話したい人は短いあいづちだけで、思う存分しゃべらせてくれた人を好きになるのです。 自分が相手を好きかどうかは別として話を徹底的に聴ききることは訓練してないとできません。 参加された皆様はどんなことをお感じになられたでしょうか? 人の話を聴く人の話に聞き入る上手に話を引き出していく 難しいことです。だから、勉強会はやめられない。 ■次回母性型勉強会は2015年4月15日(水)18時半~21時高松国際ホテルにて会費:3,000円(食事代込み) ※5月勉強会も決定2015年5月20日(水)18時半~21時お申込はhttp://boseinomonosashi.com/study/